2.海の見える丘

 

実家の近所にある神社ほどの階段を昇り、小さな公園を思わせる場所に辿りついた。鎌倉の山々を見上げるようにその丘は位置していた。

「加藤さん、後ろをご覧になって。」

後からついてきた景子が和馬に声をかけた。

「うわぁ。」

和馬は声をなくした。それまで階段を昇ることに懸命で、その背後に広がる絶景に気が付いていなかった。

「由比ガ浜を一望できるんですよ。右手のほうが八幡宮、左が逗子の港です。」

「すごい。本当に別荘ですねここは。」

静かな小春の海岸の全貌に、和馬の目はそれ以上に輝いた。

 

「下の階段からこの頂上までが所有地ですので、お庭と階段のお掃除は大変ですよ。」

微笑を浮かべながら景子は一軒家の玄関に案内した。

 

小さな丘にたたずむ、白く小さな一軒家。

表札は外されていて、まだ塗りたてのペンキの臭いが鼻を刺す。

 

簡単な作りの鍵を開け、景子は和馬を招いた。

玄関を入るとすぐ右に廊下があり、突き当たりがトイレ、左を向くと8畳の洋室。そして洋室に入ってすぐ右にリビングキッチンへの扉がある。リフォームしたてということもあり、リビングは真っ白な壁紙と綺麗な木目のフローリングになっている。和馬は特にメインの8畳間が気に入った。窓を開ければ鎌倉の街並みと海が一望でき、この部屋で過ごす休日の風景を想像していた。

「この部屋は変わったフローリングですね。」

和馬はこの病院の廊下を思わせる深緑の床が気になった。

「もともと主人が油絵を書くための部屋だったみたいでして、いつでも絵の具が拭けるようにしたと思います。リフォームの業者さんも、この床を張り替えるのには費用がすごくかかると言ってましたので、この床だけは家賃に免じてご勘弁ください。」

和馬は、本当はこの床のことは気にしていなかった。頭のなかでは、すでに少し毛羽立った厚手の絨毯が敷かれていた。

 

「この家にします。もう決めましたから。」

なぜか和馬にはこの家が他の誰かの手に渡ってしまうことが許せなくなっていた。

つづき