3.もう一つの家

 

5月3日(木)

ゴールデンウィークの初日は部屋の片付けに当てられた。

この自分だけの居城に引っ越してきて2週間が経ったが、部屋はまったくと言っていいほど片付いていなかった。気に入った絨毯も見つからず、深緑の床が剥きだしになったままである。窓の外に広がる今にも雨が降ってきそうな空を見つめながら、そろそろやって来るベッドの配送業者を待っていた。絨毯を敷く前にベッドを購入してしまった無計画さを恥じりながらも、和馬は新しい暮らしを満喫していた。

 

「そういえばここはもともとアトリエだったんだよなぁ。」

そうつぶやきながら、所々にある床の汚れや小さな傷をなにげなく見ていたとき、和馬の目に今まで気付かなかった不思議なものが映り込んだ。それは窓に向かって部屋の右隅の床にある50cm四方ほどの窪み。そこは先程まで引越し業者がダンボール箱を積んでいた空間で、高野景子とこの部屋を訪れたときには窓からの風景に気を取られてまったく気が付かなかった。

『なんだこれ?』

よく見ると小さなトッテと鍵穴がついている。どうやらキッチンなどによくある貯蔵庫のようなもののようだ。和馬は鍵穴と並列にある「蓋」のトッテを立たせた。やはり鍵がかかっている。もしやと思い、家の鍵を鍵穴に射し込んでみた。すんなり鍵は鍵穴に吸い込まれ、潤滑油がたっぷり付いているかのように小さな力で時計回りに回転させることができた。リフォームのときに玄関の鍵を替えていないことにムッとしたが、そのことよりも和馬は得体の知れないこの蓋に対して何かイヤな想像をしていた。

『中でなにか腐っていたらイヤだなぁ。絵の具とかの具材だってすごい臭いがしそうだしなぁ。』和馬はそっとゆっくりとこの床の不可解な蓋を開けた。

 

「えっ。」

思わず声がでた。むわっとする臭い空気の先には、地下に伸びた狭い階段が現れた。

『なんだここ。』

大人一人が通るのに苦労するその階段の先には明かりが点いているようで、ぼんやりと階段の終点と先に伸びる廊下が見えている。和馬はまさかと思い立ち上がり、部屋の明かりを消してみた。地上の部屋の明かりが点くと地下の明かりも灯される仕組みになっているらしい。この状況でも和馬には、知らぬ間に消費されている電気のことが気に入らなかった。『どうせワインの貯蔵庫か写真の現像のための地下室だろう。』和馬は地下に降りてみることにした。

つづき